海江田参考人 続き

Posted by goro | 未分類 | 土曜日 19 5月 2012 11:23 PM

「大根役者」の海江田元経産大臣 国会事故調

Posted by goro | 原発震災 | 金曜日 18 5月 2012 11:44 PM

役者は登場人物の立場(役目)を演じるのが仕事です。しかし、役目を同じように演じるにしてもやはり上手、下手があって、下手な役者を大根役者といいます。与えられた役目に少しでも個性を付加して一つ上の次元で演じるのが上手な役者です。
国会事故調の参考人として登場した海江田さんが、「原子炉運転を進める立場だったからの発言であることをご理解ください」というのを何回か繰り返すのを聞いて、この人は大根役者だなあと思いました。

そもそも「立場(役回り)」を果たしていたということが、言い訳になるのでしょうか。2011年3月11日の福島第一原発の事故発生を受けて、3月30日に原発事業者に緊急安全対策を指示、5月6日に浜岡原発の停止要請と続くなかで、海江田大臣は6月18日、安全性の確保を確認できたので再稼働を要請するという声明を出しています。このとき海江田さん自身はすべての原発が安全と確信していたのではないそうです。たとえば、原発によっては老朽化、中性子による脆性劣化、など気になることは多々あるものの、立場上から声明を出したといいます。

立場に属する役回りを果たしていたというのは、その立場と関係の薄いことは何もしないということです。役目を果たすことがすべてで、他の役者の振る舞いにたいして応援も批判もしないことです。私は「役目」と「役割」は違うと思います。役目は受動的ですが役割は積極的、役目は個人的ですが役割は協調的、役目は個人の責任ですが役割は全体に対する責任も負う、というニュアンスがあるように思います。原発事故に対処するのはマニュアルにない混乱を伴うであろうことは推察できます。筋書きのないドラマが進行するようなものです。前もって与えられた役目しか演じられない三流役者ばかりでは収拾のとれないドタバタ劇になってしまいます。進行に合わせて臨機応変に責任を持ってアドリブで役割を演じられる一流役者でなければ、観客はたまったものではありません。

3・11以来のドタバタ劇。それが1年以上たった今も続いている理由が、海江田さんの証言を聞いてわかったような気がしました。必要な場所にまともな役者がいないのですね。「先生」になってほどほどの時間がたてば三流の大根役者にはなれるようですが、一流役者には、志と知性と経験と努力と使命感がなければ決してなれるものではありません。

海江田さんの証言のなかで、私がポイントと思ったのは次とおりです。
1)緊急事態宣言を出すのに時間がかかったのは菅総理の理解を得るためだった。
2)菅総理の現場視察は、決定後に聞いた。
3)ベントは東電が行いたいといってきた。しかし、一向に進まない。ためらっているのではないかということと、国の責任を明らかにする意味で原子炉規制法に基ずく命令を発した。
4)海水注入をはじめは口頭で、後に文書で出した。海水注入も実行に時間がかかった。廃炉になるのでためらっているのではと考えた。原子炉規制法により大臣として指示した後に菅総理に報告した。菅総理は「再臨界はないか」ということで、斑目安全委員長、武黒フェローと話をしていた。その後一時「注水中止」になったが、福島の現地では注水を継続していた。中止指示は、最高権力者の意向である。大臣として報告はしたが、意見は述べなかった。
5)水素爆発については考えなかった。
6)官邸と東電本店と現場で情報共有ができずに「伝言ゲーム」状態だった。
7)いわゆる撤退問題について、東電清水社長から電話があり「第一から第二に退避する」と伝えてきた。一部を残してとか全員という言葉はなかった。一部を残しての避難は当然考えられるし現場の判断で済む。社長から大臣に連絡することではない。そのことから全員撤退と思った。そうなったら東日本がなくなると考えた。
8)そこで東電に出向いてという話になるが、清水社長から全面ではないと聞いて気が抜けた。
9)退避に関しては、政府には東電に対する命令はできる根拠はない。言葉が激しいことがあるが「お願い」である。

=あしたに続く=

何だかがっかり、西堀栄三郎

Posted by goro | 5656短評 | 木曜日 17 5月 2012 11:29 PM

朝日新聞の連載「原子力とメディア(5月14日)」で西堀栄三郎の言葉を取り上げていました。
青森県むつ市の画家、中村亮嗣さんは著書の岩波新書「ぼくの町に原子力船がきた」を書いていますが、記事は中村さんの「西堀栄三郎を尊敬していたのに、失望した」感想を紹介しています。西堀は67年9月28日の地元紙、東奥日報に次のように書きました。

「今日の原子力の平和利用を恐ろしいものだ、危険なものだと思っている人は、文明から置き去りにされた原子アレルギー患者で、もはや時代おくれもはなはだしい。・・・火を恐れる野獣のたぐいである」

中村さんは「原子力問題を真剣に考えてみようとする人々に水をかけるものだった」と新書に記しています。
中村さんの著書を読んだ記憶はあったのですが、内容はすっかり忘れていました。
そして、私は3・11以後に、何回か西堀の「技士道15ヵ条」を取り上げて科学技術の倫理をテーマに2回ほど話をしてきました。

「技士道15ヵ条」は、西堀が技術者の倫理を説いたものです。
1)技術に携わる者は、「大自然」の法則に背いては何もできないことを認識する。
2)技術に携わる者は、感謝して自然の恵みを受ける。
3)技術に携わる者は、人倫に背く目的には毅然とした態度で臨み、いかなることがあっても屈してはならない。
4)技術に携わる者は、「良心」の養育に努める。
5)技術に携わる者は、常に顧客志向であらねばならない。
6)技術に携わる者は、常に注意深く、微かな異変、差異をも見逃さない。
7)技術に携わる者は、創造性、とくに独創性を尊び、科学・技術の全分野に注目する。
8)技術に携わる者は、論理的、唯物論的になりやすい傾向を戒め、精神的向上に励む。
9)技術に携わる者は、「仁」の精神で他の技術に携わる者を尊重し、相互援助する。
10)技術に携わる者は、強い「仕事愛」をもって、骨身を惜しまず、取り越し苦労をせず、困難を克服することを喜びとする。
11)技術に携わる者は、責任転嫁を許さない。
12)技術に携わる者は、企業の発展において技術がいかに大切であるかを認識し、経済への影響を考える。
13)技術に携わる者は、失敗を恐れず、常に楽観的見地で未来を考える。
14)技術に携わる者は、技術の結果が未来社会や子々孫々にいかに影響を及ぼすか、公害、安全、資源などから洞察、予見する。
15)技術に携わる者は、勇気を持ち、常に新しい技術の開発に精進する。

西堀栄三郎(1903-89)は、京都帝国大学理学部化学科を卒業。京大講師、助教授を歴任した後、東京電気(東芝)に移ります。戦後は統計的品質管理手法を日本の産業界に持ち込み、デミング賞や電電公社総裁賞を受賞、戦後日本の飛躍的な工業発展の礎を築いた人です。
京大に助教授、教授として復帰してから、第一次南極観測隊の副隊長兼越冬隊長や日本山岳協会会長を務めました。日本原子力研究所理事などにも就任しましたが、「火を恐れる野獣」発言の時は、原子力船開発事業団の理事として、原子力船の母港決定に躍起となっていました。
才気あふれる万能の才人で、「雪山讃歌」を作詞したり、アインシュタインの来日の際には通訳をしたり、植村直己の有力な支持者だったり。幅広い活躍は人間的にも魅力ある人でした。

とはいえ、東奥日報に記事に見る発言もしていたかと思うと、西堀栄三郎を尊敬できる人物として話をしてしまったことは、やはり失敗だったなあという気がします。人間の評価は難しい。誰でも誤りや過ちはあるものですが、西堀栄三郎ほどの人であっても、ある立場になってしまうと、その立場の役回りに沿った発言をしてしまうのですね。
他山の石として気をつけなければならないと思います。

「東電社外取締役就任撤回」を

Posted by goro | ジャーナリズムの生態学 | 水曜日 16 5月 2012 9:35 PM

メディア、なかでもNHKに対して、耳を傾けたい厳しい注文を常に発してきている松田浩さん(元立命館大学教授)や醍醐聡さん(東大名誉教授)らが世話人をしている「開かれたNHKをめざす全国連絡会」が、NHK経営委員長の数土文夫氏と経営委員会あてに、数土氏の東電の社外取締役就任の件について「申し入れ」をしました。日付は5月14日。
以下に申し入れ書をコピペします。私は「申し入れ」の趣旨に賛成です。

<申 し 入 れ 書>
日頃、よりよい公共放送実現のためにご尽力いただき深く敬意を表します。
マスコミ報道によれば、政府と東京電力は東京電力の社外取締役に現NHK経営委員長の貴殿を内定し、東京電力は3月期決算の発表とあわせて社外取締役就任を発表する予定と伝えられています。
私たち「開かれたNHKをめざす全国連絡会」は、NHK経営の最高意思決定機関である経営委員会の長が、現職のまま東京電力の社外取締役に就任することに強く反対し、即刻就任撤回を求めます。

NHKの経営委員会の長が、政府が株式の半数以上を保有し、実質上、国有企業でもある東京電力の社外取締役になるということは、報道機関であるNHKにとって自殺行為を意味しており、由々しい事態と考えます。
政府や東京電力を監視すべき立場のNHKの最高経営責任者が、政府の国策会社に社外取締役とはいえコミットすることは、政府のエネルギー政策や東京電力に関するNHKの報道・論評活動に有形無形の形で大きな影響や制約を与えずにはいません。

それでなくとも、さまざまな問題点をかかえている東京電力への経営委員長の関与は、NHKの報道機関としての中立性に疑問を抱かせ、NHKと視聴者との間に存在する信頼関係をも大きく損なう恐れがあります。

現在、東京電力はもっとも重要な取材対象のひとつです。原発事故の責任、原発再稼動の是非、値上げ問題等どれをとっても、NHKにとって距離をおいて客観的に取材、報道、論評が求められているときに、その報道対象の企業の役員にNHKの経営委員長が現職のまま就任するというのは、NHKの使命についての驚くべき鈍感さを示すものです。

私たち「開かれたNHKをめざす全国連絡会」は、貴殿が東京電力の社外取締役就任の意思を即刻撤回すると同時に、今回とられた行動に対して強く反省することを求めます。
また経営委員会、監査委員会に対しては、二度とこうした誤ちが繰り返されないよう、あらためて明確な意思統一を求めるものです。

東電勝俣会長の証言 国会事故調から

Posted by goro | 原発震災 | 水曜日 16 5月 2012 9:10 PM

14日に国会事故調、15日に日本科学技術ジャーナリスト会議の科学ジャーナリスト賞授賞式があり、帰宅が深夜になってブログへの掲載が遅れましたが、今日は14日の傍聴記です。

14日、国会事故調査委員会。この日の参考人は東電の勝俣恒久会長でした。6時から9時までの3時間、中央大学教授で弁護士の野村修也委員が主になって、一問一答の形で会長の見解を聞きました。

大きな印象でいうと、勝俣会長がトップに座る東電という会社の無責任ぶりが浮き彫りになりました。
話の主語が、「私」でないのです。勝俣氏という東電のトップにまで上り詰め「君臨」していたとされる人間が、「私は」、「私が」で始まる言葉をもたない。原発事故に対して何を原則に部下を指揮し、判断し、行動したのか、事故以前の原発危険対策にどう関与していたのかしなかったのか、さっぱり見えてこないのです。最高責任者は社長だ、現場では発電所長が指揮官だなど、繰り返すばかりでした。

会長という立場の役回りは、経営の意思決定をする経営政策会議の議長を務めることのようです。その時にはテーブルに上がってきた課題について利害を調整します。つまり、「空気を読む」ことで大まかな方針の暗黙の了解を取り付けておく、あるいは斟酌して行動するように通じておくのが役回りなのです。
「私」が責任と権限を持って事に当たるわけではない。結果、野村弁護士の追及に対する答えはのらりくらり。東電トップの無責任ぶりが如実に出ていました。

一方、野村弁護士の論法にも私には違和感がありました。質問が「白黒どっちか」の二分法という、追求型論法に過ぎたのではないかという点です。白黒はっきりした事柄の答えを求め、「白」と答えると、一気に大きな問題に飛躍して「では、この点も白と整理するがいいか」という。この質問の答えは「大きな問題には多くの側面があるから、極論で同意できない」となる。
無責任を浮き彫りにする効果はありましたが、追いつめられても追いつめきれないところがありました。会長の判断と行動に関する事実関係を丹念に追うほうが東電問題の解明につながるのではないでしょうか。

ともあれ、勝俣会長の参考人質疑から、私がメモに留めたことから抜粋します。
1) 勝俣氏は2002年に社長、2008年に会長に就任。トラブル隠し発覚の後に、社長になった。2008年は後進に譲った。会  長は経営政策会議の議長、会議は方向性を判断する。執行の責任者は社長で、常務会が意思決定機関である。
2) 事故発生時、会長は中国にいた。社長は出張中。二人不在はない不文律があったが、守られなかった。これは反省点。
3) 中国滞在中にベントの準備をするなど連絡を受けたが、状況がよくわからないので「がんばってくれ」という程度。海水注入は海外にいる間に相談はなかった。12日に帰国、12時に成田、16時ころ本店に入るが、その間の情報交換はなかった。
4) 原子力については、清水社長と武藤原子力本部長が指揮にあたる責任者。海水注入、ベントなどの現場については吉田発電所長が決定者。本店は支援するという立場だった。
5) 会長は、関係会社20数社に応援要請を行った。そのほか会長として何ができたか。混乱の極みの中で、物資、道路など外的要因に対し何ができたか。官邸との意思疎通について、何ができたか。よくわからない。
6) ICの誤認、電源車のプラグが合わないなどあったが、混乱と悪条件の中で何ができたか、今の時点では判断できない。
7) 菅総理が発電所に行き、武藤原子力本部長、吉田発電所長が応対した。そのため、吉田所長が現場指揮から外れた。その後、吉田所長の携帯に菅総理、細野補佐官から質問的なことで連絡がしきりに入った。現場指揮官への直接電話は芳しいことではなかった。
8) 海水注入について、吉田所長の判断でやむなしとおもっていたが、官邸から海水注入にストップがかかった。現場判断が最優先としながら、菅総理からの指示は押し戻せなかった。
9) 現場からの全面撤退計画はなかった。現場には700人以上いたが、事故処理に直接関与する70人程度を残して撤退することは検討した。
10) 貞観地震のような10mを超える津波が来るとは予想していなかった。原子力本部の判断は、「これは起こらない」ということであった。
11)(2006年のスマトラ沖地震の後に、保安院は津波が来たら全電源消失が起きるという文書を東電社員に渡し、経営上層に伝えるように指示した文書について)。原子力本部止まりで会長には届かなかった。届いていても、3・11前にどう判断したかは分からない。大津波は来ないという判断があれば、対策は立てない。可能性レベルでは対応しないかもしれない。
12)(津波対策と全電源喪失対策。電源喪失の原因にはテロも含まれる。全電源喪失対策が実行されていれば、被害の拡大は緩和されたはずだが、大津波は来ない、そのため全電源喪失対策は立てなくてよい、ということになっていたと整理してよいかという点について)。会長としては「それは極論」と反論。
13)電事連会長として電力会社の意見を保安院に述べることはあった。保安院の提示する規制のルールが現実的、合理的かということでは交渉もする。
14)保安院に対し、事業者としては規制基準の合理化、乾燥化を主張してきた。規制庁についても、第3条機関にするのが合理的かどうかを伝えた。「合理的」とは現状のわからない人が規制するのは合理的ではないということ。保安規定で細かすぎるなどがその例。独立性の高い規制当局となると、事情を理解しないで権限を行使されるのは困る。国際基準を変えても日本が大事にしなければという例は、自主保安などである。