役者は登場人物の立場(役目)を演じるのが仕事です。しかし、役目を同じように演じるにしてもやはり上手、下手があって、下手な役者を大根役者といいます。与えられた役目に少しでも個性を付加して一つ上の次元で演じるのが上手な役者です。
国会事故調の参考人として登場した海江田さんが、「原子炉運転を進める立場だったからの発言であることをご理解ください」というのを何回か繰り返すのを聞いて、この人は大根役者だなあと思いました。
そもそも「立場(役回り)」を果たしていたということが、言い訳になるのでしょうか。2011年3月11日の福島第一原発の事故発生を受けて、3月30日に原発事業者に緊急安全対策を指示、5月6日に浜岡原発の停止要請と続くなかで、海江田大臣は6月18日、安全性の確保を確認できたので再稼働を要請するという声明を出しています。このとき海江田さん自身はすべての原発が安全と確信していたのではないそうです。たとえば、原発によっては老朽化、中性子による脆性劣化、など気になることは多々あるものの、立場上から声明を出したといいます。
立場に属する役回りを果たしていたというのは、その立場と関係の薄いことは何もしないということです。役目を果たすことがすべてで、他の役者の振る舞いにたいして応援も批判もしないことです。私は「役目」と「役割」は違うと思います。役目は受動的ですが役割は積極的、役目は個人的ですが役割は協調的、役目は個人の責任ですが役割は全体に対する責任も負う、というニュアンスがあるように思います。原発事故に対処するのはマニュアルにない混乱を伴うであろうことは推察できます。筋書きのないドラマが進行するようなものです。前もって与えられた役目しか演じられない三流役者ばかりでは収拾のとれないドタバタ劇になってしまいます。進行に合わせて臨機応変に責任を持ってアドリブで役割を演じられる一流役者でなければ、観客はたまったものではありません。
3・11以来のドタバタ劇。それが1年以上たった今も続いている理由が、海江田さんの証言を聞いてわかったような気がしました。必要な場所にまともな役者がいないのですね。「先生」になってほどほどの時間がたてば三流の大根役者にはなれるようですが、一流役者には、志と知性と経験と努力と使命感がなければ決してなれるものではありません。
海江田さんの証言のなかで、私がポイントと思ったのは次とおりです。
1)緊急事態宣言を出すのに時間がかかったのは菅総理の理解を得るためだった。
2)菅総理の現場視察は、決定後に聞いた。
3)ベントは東電が行いたいといってきた。しかし、一向に進まない。ためらっているのではないかということと、国の責任を明らかにする意味で原子炉規制法に基ずく命令を発した。
4)海水注入をはじめは口頭で、後に文書で出した。海水注入も実行に時間がかかった。廃炉になるのでためらっているのではと考えた。原子炉規制法により大臣として指示した後に菅総理に報告した。菅総理は「再臨界はないか」ということで、斑目安全委員長、武黒フェローと話をしていた。その後一時「注水中止」になったが、福島の現地では注水を継続していた。中止指示は、最高権力者の意向である。大臣として報告はしたが、意見は述べなかった。
5)水素爆発については考えなかった。
6)官邸と東電本店と現場で情報共有ができずに「伝言ゲーム」状態だった。
7)いわゆる撤退問題について、東電清水社長から電話があり「第一から第二に退避する」と伝えてきた。一部を残してとか全員という言葉はなかった。一部を残しての避難は当然考えられるし現場の判断で済む。社長から大臣に連絡することではない。そのことから全員撤退と思った。そうなったら東日本がなくなると考えた。
8)そこで東電に出向いてという話になるが、清水社長から全面ではないと聞いて気が抜けた。
9)退避に関しては、政府には東電に対する命令はできる根拠はない。言葉が激しいことがあるが「お願い」である。
=あしたに続く=